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田舎暮らし!千葉房総ねっと
 
 

あべちゃんの田舎暮らし体験記 「憧れの田舎生活!」

平成14年春より房総半島の真ん中で田舎暮らしを始めた「あべちゃん」のびっくり体験記!

■「田舎暮らしを始められた方々が実際にどんな生活をしているのか知りたい」というメールがWEBマスター宛によく届きます。
■そこで、当サイトを利用して既に田舎暮らしを始められている方に、体験記の掲載を相談したところ快諾していただきました。
■彼女は平成14年春に東京から房総半島に移住してきた「あべちゃん」。実は某雑誌に田舎暮らし体験記を連載していたのです。
■その転載許可をいただき、ここにめでたく?掲載することになりました。(第1回から第6回までがそうです)
■第7回以降からはわざわざ書き下ろしていただくことになりました。下から上へ順番です。スクロールしながらどうぞ!

2008年2月11日更新
 あべちゃん邸

憧れの田舎生活(第14回) 田舎暮らしのここがイヤッ!・・・の巻

田舎暮らしをしていると、他人から見ると、とても羨ましく思えるらしい。
「いいですね-」「わたしの理想の生活です」「やはり老後は、のんびり好きなことをするのが一番ですよね-」などと、言ってくださる。
特に東京あたりから来た友人は、空気の旨さや、自然とのふれあい、たまたま顔を合わせた地元の知り合いの明るさや気軽さに、感嘆してお帰りなる。
「いや−、羨ましい限りです」という言葉を残して・・・。


わたしも「どうだっ、田舎はいいだろう!」という無理強いや、見栄っぱりのつもりはなくても、なんとなく田舎暮らしの裕福さというか、いいことだけ書いてきたように思う。
しかし、そんなにいいことばかりじゃないんですヨ、ということも当然あるわけで、きょうはそれをちょっと書いてみようと思う。
これから田舎暮らしをご予定の皆さん、参考にしてみてください。

* 田舎暮らしは虫がいっぱい!

 以前、あるパ−テイで、新婚カップルに会った時、その若くてかわいい奥様は、「あたし、虫嫌いなんですウ〜。昨日も玄関に大きな蜘蛛がいてエ・・・」とあま-い口調でいうものだから、思わず長老の女ども(わたしも含めて)に軽く睨まれるハメになる、というか価値観として、確実に軽蔑の対象となる。
また、田舎暮らしに憧れて定年後移転してきたご夫婦は、夜のカエルの大合唱に悩まされ、ついに都心へリタ−ンしてしまった。(現在は、「家が狭くて息苦しい、田舎がなつかしい」と嘆いている)。
田舎暮らしを始めると、確かに自然生き物がわんさか豊富だ。
もぐら、ハチ、へび、などは何処にでもお目にかかるし、鹿、イノシシ、猿、ハクビシン、あらいぐま、たぬき、などが悪さをしにどこにでも現れる。もっとリアルなのは、それらの死骸を道のアチコチで見かけることだ。
最初はギョッとするけれど、あとは慣れ、慣れ!ですね。
運転していて、道路に死骸を見つけたら「なむ・・・」と拝んで・・・、終わり。
また、自然農法を営む方から頂く野菜に虫は出てくるし、葉っぱは虫に喰われている。
前出の若奥様から言わせれば「もう、お野菜に虫が〜」ということになる。
オイ、いいかげんにせんかい!農薬を使ってないから当然虫ちゃんも食べれるくらい美味しいっつうの。
そういうわけで、虫(とか、野生動物一般)嫌い人間に田舎暮らしはお勧めできませんデスッ!

* 地元の方は宇宙人?

我が家のこの辺りの人口割合は、幸いなことに(?)、私達のようなヨソモンと地元の方々が半々、だと思う。
だから、地元の方々との交流がなくとも、それなりに友人もでき、不便さや寂しい思いはない。
しかし、よく聞く話は、地元の方のいじめやシカトに合って、田舎暮らしを断念せざるを得ないという例だ。そういう例の多くは、農業を始めたいというような地元密着型を目指す人に多いような気がする。自治会に入り、消防団員にも参加し、最大の努力をするにも関わらず、結果は虚しいものとなる。
どうしてか・・・?
教えてあげない(これは冗談)というか、もう少しリサ−チしてからその真実!をお伝えしよう。
ただ、我が家のようなかる〜い乗りのヨソモンにでも、こんな話はよく聞く。

例えば、例えばです、ある朝、犬の散歩をしていると、地元の農家の方に会う。
「おはようございます」と挨拶する。
「あんた何処の人?」と聞かれ、場所を言う。
次の日、作ったばかりの野菜を持って訪ねてくる。
野菜が美味しいので、後日お菓子など持って返礼する。
次の日から毎朝、玄関に野菜が置いてある。
ある朝、6時30分ころ来て、お茶をすすめると飲んでいく。
世間話をする。
次の日から毎日来る。
毎日2・3時間くらい居て、とりとめもない話をする。
ある日、忙しいので断る。
次の日、「あそこの家はおかしい・・・」といままで話した内容をアレンジして、近所中にいいふらす。
こういう場合、あなたならどうします?
それを聞いた方が「あの方々は宇宙人だと思って、深く考えないことです」と慰めていた。
宇宙人!?理解したいけど出来ない。

* 自然の驚異の洗礼

東京に比べて、季節のメリハリを肌で感じるのは大きな喜びのひとつです。
しかし、その分自然の恐さというか強さも充分に感じます。
大雨、大風、台風、雪、地震、大寒、猛暑などなど・・・住んでいて、思うようにならない自然現象との戦いは続きます。
道路の遮断、電気関係の不通などなど・・・、この不便さを快感に感じるようでなければ、田舎暮らしは勧められません。

* 公機関の対応

公機関とは、役場、保健所、警察、郵便局などです。
東京のそれに慣れていると、その対応の悪さにびっくりというか唖然とします。
例えば、町の小さな郵便局。振込みへ行って(すごく待たされて)、帰宅すると電話があり「さっきの間違っていました。すぐ来てください」と、タカピーにいわれたりするのは日常茶飯事です。「あの-、間違ったのはそちらですよね、今忙しいんですけど」などと、言ったら先方は完全にパニくります。そんなこといわれたことないから。
保健所、役場も同じように思われます。
多分、これらにお勤めの方は、この町で自分は特別!と思っているのかなアと思います。そういう方に、サ−ビスを期待してはいけません。
行く時は、「寛容、忍耐」と何度も呪文を唱えながら行くことをお勧めします。
怒ると自分自身後味が悪いでしょ。だから、このくらい脅して(?)ちょうどいいのが、田舎の公機関の現状です。などなど、いろいろ書いてしまいましたが、それでも、住む人の、環境に対する順応性と変わらぬ前向きさと明るさがあれば、なんという問題でもないことばかりだ、と思ったりしています。
ちょっとでも参考になれば・・・と思います。

2008年2月
     
長柄町
 あべちゃん

憧れの田舎生活(第13回) ホタルのいる里

(昨年までの話だが)わたしはこの年になるまで、ナマのホタルを見たことがない。
映像で見るホタルと、自然環境保護が叫ばれ、そのせいでホタルが減った・・・という情報の中で、「生きてるうちに一度は見てみたいものだ」と強く思っていた。

さて、昨年、睦沢町(ま、隣町です)に住んでいる友人から「ホタルがいますよー、見に来ませんか?」とお誘いを受け、ヘイ!とばかりに飛び出した。6月の初めだったように思う。ひろーい田んぼの奥にこんもり茂った森があり、細い農道をその林に向かって歩いていくと、車道からは見えなかった沢山のホタルが飛び交っていた。
右から左に、左から右に、上から下に、下から上に、林をバックにオレンジ色の光を放ち、その光の行き先を追うと、すーっと消え、その残像が別な光と重なって、それこそ夢のような世界がそこにあった。

「クリスマスツリーのようですね」と友人はいい、その場に立ち竦んでながーい間無言のまま光の幻想を楽しんだ。
あとで調べてわかったことは、ホタルには2種類あり、それはゲンジボタルとヘイケボタルということ。ゲンジボタルは6月初旬に出現し、光がオレンジ色で強く期間が短いこと。それに比べヘイケボタルは、ゲンジの後に出るが、発光は弱く青みをおび、生息期間が長い、ということだった。
生息にはきれいな水!が第一条件のようだ。そういえば、睦沢で見たゲンジボタルは、田んぼの水路が土で出来ていた。

しばらくして、ある方からメ−ルが来た。
「お宅のすぐ近くに毎年ヘイケボタルが現れます。昨夜見てきたら、今年も確かにいました。場所は・・・」
うひゃー、ありがたい情報だ。すぐ近くだって!
確かにすぐ近くにホタルはいた。それも農道に沿って延々1kmも無数のホタルが飛び交っている。道の片側は田んぼで反対側は林。その両サイドからホタルが飛んでいる。散歩がてらゆっくりその農道を歩くと、ホタルは人間を全然恐がらないので、洋服にくっついてくる。それを払いのけながら「うるさいな!」なんていったりして、ホタルをそっとつまんで逃がすのだ。これ、ホントの話!

ヘイケボタルの光は、ゲンジに比べて、確かに蒼い、そして弱い。
発光時間も短いので、その光ははかなげで弱々しい。
夜露のはっぱの間から、田んぼの上、木々の影から、その哀愁に満ちた光は、見る人々の心を奪ってしまう。
Wow!私の住んでいる里にはホタルがいる!
そう思っただけで、胸が熱くなる。

このホタル熱は、今年も続く。
6月にはいると、あちこちの友人からホタル情報が飛び交い、皆、大切な秘密をじっと守る子供にように、ホタルの出現を待つ。
♪ほっ、ほっ、ほ-たる来い、あっちの水は甘いぞ♪

生きてるうちに一度見たかったホタル!
それがこうして田舎暮らしをすることによって毎年出会えるのは、やはり幸せモン!としかいいようがない。感謝・・・。
田舎暮らしをはじめて本当にヨカッタ!

2007年7月
     
長柄町
あべちゃん

憧れの田舎生活(第12回) お店開いちゃいました!

小さい頃から「お店屋さんごっこ」が大好きで、いつか自分のお店なんか持てたらいいなア・・・と思いながら、この年になってしまいました。
で、田舎暮らしをはじめて、定年を迎えると、最初の3ケ月はウキウキワクワクでそれなりに楽しく忙しいのですが、ある日フト思うわけです。

わたしはまだ足腰も丈夫で元気だし、なんか社会の仲間入り出来ることはないものかと。
それでお店開いちゃいました!
周りには沢山手作りを楽しんでいる方がいて、どれも素晴らしい作品なのです。
例えば、パッチワ−ク、キルト、ペイント、木工品、竹細工、ビ−ズ、毛糸、織物、刺繍、陶芸、エコクラフト、粘土、古布などなど・・・です。
それらを集めてお預かりし、販売するお店です。

当初、周りの方々のおかげで作家さんはすぐに集まりました、はい、30人ほど。
すぐに「契約書」のたたき台作りに入りました。なるべく間口を広くするために入会金・会費等はなしにして、売る上げに対して30%の手数料としました。詳細は、東京の同じような手作り委託販売のお店なんかを参考にしましたが、なるべく簡単明瞭を心がけました。
これさえちゃんとしていれば、あとはスイスイかと。
ところが、何人かの友人から「せっかく場所があるんだから、ランチとかお茶もいただけるようにすれば・・・!」という強い要望です。
え-っ、レストランですかア?誰かのために食べ物作るのって得意じゃないんですよね、つうかキライなんです、お料理は。
そこで、オットと重役会議の結果、喫茶店をやってみようということになりました。
これはチト大変でした。保健所に申請をだし、調理場監査を受けるために沢山の方々にご意見を聞きました。キッチンのアチコチを修理したり、きれいにしたり、冷蔵庫など買い足したり。
監査の方が「はい、OKです。いつでも開店していいですよ」といわれた時は、やはり嬉しかったです。

メニュ−らしきものもなんとか完成。
そして、手作り雑貨&Coffeeの店「ログハウスべあ」が昨年の12月1日にOpenしました。
はい、開店してもうすぐで1年がたちます。
はやっ!
あっという間の1年です。つぶれもせず、開店休業状態でもなく、まあ、よくやってこれたものです。
作家さんの登録人数も72人になりました。
お客様、作家の皆様、本当にありがとうございます、とここで深くお辞儀です。
テレビ・雑誌等で、中高年の田舎暮らしを紹介する時、よく「長年の夢であった自分のお店!」というのがあります。
それらは、蕎麦・陶芸・パン&ケ−キ・織物・レストランなど、皆さんが一生懸命勉強なさり、経験を積み、綿密な計画を立ててご自分の夢の実現にかけていらっしゃいます。資金も相当かけている、とお見受けします。
そういう方々には、もう、敬服と尊敬の塊です。
私達夫婦は、勢い!と弾み!だけでした。なんか、いつもこんな調子ですね、私達は。
どんなお店になるか、開店前に想像していたことは、店主がボンヤリ昼寝でもしているとお客様がいらして、「こんちわ-、開いてるの-?」なんて起こされて、「ヘイっ」なんて目をこすりながら接客する風景でした。しかし、幸か不幸かそういうぐうたらをするわけもいかず、お客様はいらっしゃり、作家さんは入れ替わり立ち代り作品を搬入に来てくださいます。
正直、楽しいです、とても楽しいです。いろいろな方が、作品を見ながら買い物をし、お茶を楽しむ方々と世間話をし・・・、こんな毎日が愉快で、充実しています。
それに、「社会の仲間入り」と思われることは、まず作家さん達が、自分が作ったものが誰かの目に留まり、それを買ってくださることでやりがいを感じること。
また手作りから遠のいていた方がお店に来て、また何か作ろうと刺激を受けることや、もっと上手に作ろうと頑張る気持ちになること。お茶しながらここでのお仲間が増えること。などなど、少しでもなにかのお役に立てるということを、肌で感じることが出来るのは、やはりやりがい!なのです。
儲けですかっ?はっはは、あんまり、儲かりまへんなあ・・・と何故か突然大阪弁です。
東京と田舎のお店の違いは沢山ありますが、特徴は、東京は歩いてお客様は来ますが、田舎は車で来るということです。ということは、通りがかりにちょっと立ち寄る、というこは田舎ではあり得ないということです。
また、いまだにわからないことが沢山あるのですが、一番わからないのは、毎日お客様の入りが読めない、ということです。土・日曜日が混むとは限らないし、雨の日に暇と限らないのです。全然読めない。それはこの地域のお店の方々もよくいいます「田舎の客の流れは読めん!」と。
そんなこんなの毎日ですが、昔からの夢だった「お店やさんごっこ」を楽しんでいます。
田舎でお店を持ちたい!と思っているあなた!
資金がほどほどあり、人が大好きで、お店に深い愛情と誇りを持っていれば、なんとかなるような気がするのですが・・・あっ、大切なこと忘れていました。笑顔!素敵な笑顔が必須です。
こんなお店の様子を、ブログで毎日更新しながらOpenしています。
よかったら立ち寄ってくださいナ。
「ログハウスべあ」
http://www.logbea.com/

2006年11月18日



長柄町
あべちゃん

憧れの田舎生活(第11回) TV番組「田舎暮らし」について

最近はテレビでやたら「田舎暮らし」の番組が多いように思う。中でも一番古いのは朝日テレビ土曜日18:00の「人生の楽園」だろうか。いい番組だ。本納で田舎暮らしを始めた友人のYさん夫妻は、奥様が東京から離れるのをイヤがった為、この番組を2年間見させ続けて洗脳した、と豪語しているくらいだ。
 その番組のデイレクタ−さんが、ずいぶん前、このWebマスタ−主催の「他人モン交流会」に出演者を探しに来たことがあった(いい感じの男性だった)。何日か後、この方から電話があり、我が家にも出演依頼があったくらいだ。出演者不足なんだろうか?が、オットは何故か断った。

 もうひとつ「月10万円で暮らせる町と村」(月曜日19:00東京テレビ)というのがある。これは、田舎暮らしの素晴らしさとその生活費の安さを強調している。でも、あれおかしいよね、生活費の中に保険とか税金とか全然入ってないもん、あれで生活できるわけないじゃん、ってオットにボヤいたら、「だから、あれを基本生活費!っていうんだよ」と教えられた。だって、単純な人はあれで生活出来ると思っちゃうよ、と反論したら「そんなのはお前だけだ!」とあしらわれた。すんません。

一連の田舎暮らしの番組を見ていると、どの番組にも共通するベタは―!?

・ 夫婦で登場する。仲がいい。ケンカとか絶対しない。
・ 妙に皆元気だ。病人は出てこない。
・ 主人公は、何故かバンダナ・作務衣の似合う人が多い。
・ ご夫婦の両方、またはどちらかに趣味、特技がある。
・ 皆、食生活の意識が高い。有機・自給自足という言葉がキ−ワ−ド。
・ 住んでいる所は、自然に恵まれている。山または海。
・ 周りの農家(漁業)の人は、みんないい人ばかりだ。
・ 生活費が安い。
・ 必ず近所の方々と持ち寄りのパ−テイをする。

 う−ん、確かにこんなこともあるかもしれない。でも、都会から田舎暮らしをしている人の中には、病気で苦しんで一生懸命戦っている人もいるし、地元の農家の方に村八分(?)を受けて挫折した方もいるし、離婚した人もいる。だからテレビ等で田舎暮らしを理想の生活として扱われると、内心ドキマギすることがある。
 我が家に来る友人の中にも「いいわねエ、田舎暮らし」といい、「自然が沢山あって空気が美味しい」と羨ましがってくれる。その数秒後には「あっ、蚊がいる」と叫び、ハエ、蜂、蜘蛛を見つけて大騒ぎする人がいる。自然が沢山というのは、こういうことなのです、わかったか!
だから、これらのTV番組は、皆に生活圏の広さのチョイスを与えてくれたということで貢献してくれたけど、要は、人間何処で生活しても、その人の価値観と人生観でどうにでもなるということのような気がする。

2006年1月24日

長柄町
あべちゃん

憧れの田舎生活(第10回) 長柄町賛歌

長柄町に物件を見つけていざ住むぞ−!と意気込んでいた時、地元の方に「長柄町はJRは通ってないし、国道もありません。超田舎です!」と断言された。千葉県長生郡長柄町はそういう所なのです。しかし、此処に移住して3年半、わたしは益々長柄町が気に入っています。

・ 長柄町は日本のボルダ−!?

あのマラソン選手の高橋尚子選手が佐倉にある小出監督の元から独立して土気のアパ−トに越してきたのは今年5月。その後、自主トレの為アメリカのボルダ−に行くまでの間、高橋選手は長柄町のエアロビクスセンタ−で練習していた。友人のSさんは、土気のあたりを運転していたら、高橋選手そっくりのラニングフォ−ムの後姿に出会い、「そっくりな人がいるもんだな〜。。」と思って、追い越しざまに振り返ったら、本物の高橋選手だったんで、腰が抜けるほどビックリした、と話していた。高橋選手は独立ということもあり、その頃テレビニュ−スや雑誌によく出ていた。その中で彼女はこんなことを言っている。「長柄町はまるで日本のボルダ−です。道はきれいだし、車も人もあまりなく、道の起伏がボルダ−にとても似ています。」ハァ?何処がボルダ−???と思い、何人かに聞きまくった結果、わかりました、高橋選手がボルダ−!と賞賛していた道は「大仏通り」のことのようだ。「大仏通り」とは最近出来た道で、茂原街道を蘇我方面から来た時、潤井戸(うるいど)を過ぎて左手に「食品館」という大きな看板を見つけたら、そのすぐ後のEssoガソリンスタンドの信号を左に曲がってください。そこが「日本のボルダ−!」と呼ばれた「大仏通り」。両サイド緑一面で人どころか車もほとんど走っていないのだ。そして確かにあの道の起伏は日本離れ(?)している。上り坂にさしかかると(決してそんなに長い道ではないのに)、その道がずっーと地球の端まで続いているように思わせるし、何故か平和気分!にさせてくれるのだ。晴れた日の午前中なんぞ、グータラなわたしでもちょっと車を降りて走ってみたくなる。まだ知らない貴方、暇を見つけてぜひ「大仏通り」をTRYしてください。

PS:「大仏通り」の所以ですが、小道を入ると確かにかわいい大仏さまが鎮座しています。

・ 世界のスポ−ツ選手のメッカ!?

な、なんせ最初ここへ来た時にビックリしただ!な、なんでこんな田舎にこんな立派な施設が・・・と!長柄町のやや北西部の広大な土地に「生命の森リゾ−ト エアロビクスセンタ−」がある。名前はダサくて意味不明なのだが、施設としては、日本中のいや世界中の選手達が一度はここで練習をしているはずだ。あらゆるスポ−ツ施設の他にホテル・ログハウス宿泊施設・ゴルフ場・分譲用土地/マンション/家屋・医院・エステサロン・各種教室・乗馬クラブなど等盛り沢山。(http://www.seimei-no-mori.com/
その上、地元の私達が使用する時も安い。例えば12回分チケット(プ−ル、ジム、お風呂、サウナが使える)で¥10,000だ。それに我家のダンナ様がいうには、風呂場では沢山の選手と話せる、と自慢していた。甲子園出場の高校球児、空手チャンピョン、大学アメフト選手、太極拳の先生、千葉国際マラソン出場の海外選手などなど。空気もいいし、広いし、安いし、ぜひぜひ健康作りにご利用ください。正面ロビ−左手のお店も安いよ!
Come on and Enjoy Sports!!

PS:敢えて難点をひとつ、レストランのビッフェがまずい!のだ。とほほ・・・。

・ 長柄町役場ってアメリカ的!?

ホントのこというと、もうひとつビックリしたのが、長柄町役場の建物!町民が1万人も居ないのに、なんだ、この建物の立派さは!と。あやしい・・・。
しかし、訪ねてまたまたビックリした。女のわたしがいうのもなんですが、長柄町役場は、美人が多いのです、美人が!その上、親切だし、笑顔もいい。その時、健康保険の社保から国保に移行する件で尋ねたら、10分くらいですべての計算が出てきて、大変分り易い説明を受けサービス満点。それも片苦しくなく、ホ−ルの椅子に並んで座って説明を受けた時は、アメリカを思い出して感激した。
役場の隣に実に気持ちのいい温泉もあります。\200で入れますよー。

PS:その温泉ですが、6:00pmまでです。残念!なんとかなりません?

そんなわけで(どんなわけだ?)、わたしは長柄町が益々好きになっています。まだまだネタはあるのです。「海まで30分」「アウトレットコンサ−ト長柄」「熊のミュ−ジアム」「北海道のような牧場」「青少年自然の森」「長柄ダム」「黒米うどんの旨い店」など等。またの機会にぜひ。

2005年9月27日

長柄町
あべちゃん

憧れの田舎生活(第9回) ダライ・ラマの弟さん

 田舎暮らしを始める人達を偏見で二つに分けると、「人間に興味が無い人」と「ある人」に分けることが出来る。
 人間に興味が無い人(または、極力苦手な人ともいう)、最初から人里離れた場所を住処とし、誰に頼ることも無く黙々と自分のしたいことに24時間を費やすことが多い。だからそんな人に通常の挨拶や、気遣いの言動をかける必要は無いようだ。お愛想もいらない。余計な言葉をかけるとぶっきらぼうな返事が帰ってきて、一瞬後ずさりすることがある(気のいい人はけっこう傷つく)。
 わたしは完璧に「人間に興味がある人」に入る。特に東京から引っ越してきて、新しいお付合いが始まる!と思っただけで胸ワクワクした。この好奇心は「田舎暮らし!千葉房総ネット」の武田さんが主催する「他人モン交流会」で沢山の方々に出会い、多いに満足している。
 きょうは、このわたしの人間に興味を持った!おかげで、思いがけない出会いがあったことをぜひ聞いて欲しい。

 約2年前、福岡に出かけた折、知り合いのSさんが「あべちゃん、ぜひ紹介したい方がいます」といって、Kさん親子を紹介された。Kさんは60歳前後で胸当てのジ−ンズと白髪混じりにバンダナが似合い、眼が輝いて、笑うとそれが線のようになる魅力的な初老の男性。息子さんのT君は(後で聞いて32歳)、精神的な障害をお持ちと聞いたが、いつもニコニコしていて、人の話を聞きながらウンウンとうなずく心やさいい男性とすぐわかった。この時、わたしのハ−トにビビッ!と来るものが・・・!「人間に興味を持つ!」というアンテナが大きく揺れて、すっかりこの親子のとりこになってしまった。
 このKさんの話を要約すると、10年前奥様を交通事故で亡くされ、ショックから立ち直った時に思ったのは、これから先何時死ぬかわからい人生だから、自分は息子の為に生きようと。そこで仕事を中途退職し、息子T君の為の治療法として、その頃日本では浸透していなかった「園芸療法」を勉強する為にアメリカへ2年間の留学を実行。帰国してからは、福岡の田舎で土地を借りてT君と園芸療法を実施しながら息子の回復に人生を注いでいるということだった。また、興味津々だったのは、留学中に一番親しかった学友がダライ・ラマの弟の息子さんだったということ。彼はT君の病状を心配しながら、留学の最後には、Kさん親子を現在チベットの亡命政府のあるインドに招待し、18日間滞在してきたということだった。
 Kさん親子とはその後も縁があり、Mailや電話で行き来しながら、昨年は千葉の我が家まで来てくれたりで、わたしとしても楽しいお付き合いをさせていただいた。
 今年初春、Sさんからの電話「T君が今朝亡くなりました・・・」
 T君はその頃、偏頭痛と幻聴に悩まされ、体調不良の上の不幸だったらしい。あまりのショックと悲しみの中、駆けつけていきたい気持ちを抑えながら涙が止まらない日が続いた。
 お父さんのKさんは大丈夫だろうか・・・・。
 数週間後、Kさんからの電話でやっと話すことが出来た。多少は自分への心が整理が出来ました、と力なく話している。そして、その時の申し出に我家はびっくりした。
 「あべちゃん、先日話したダライラマの弟(通称TCと呼んでいる)が、バンクバ−からインドへ帰る途中トランジットで日本で24時間あるのですが、僕を心配してぜひ会いたいといってきてくれたので僕もぜひ会いにそちらへ行こうと思うのですが、今回はお忍びなので、成田あたりで安いホテルを探しています。それから、よければぜひご紹介したいのですがお時間はありますか?」というのです。Oh!なんという申し出!Kさんに会って慰めなければ、という気持ちの次に「ダライラマの弟さんって?」という興味津々がまたまたわたしの中を駆け巡った。随分前になるが、チベットの歴史は随分と勉強(?)し、ダライ・ラマ様(わたしは実はいつも様をつけて呼んでいる)の講和会にも参加している。その弟様ならぜひ会ってみたい。
 その後スケジュ−ルやKさんの都合も調整した結果、なんとお二人が我家に泊まることになった。成田からならここまで車で1時間だ。Kさんは一日早く我家に来て、当日はTCさんをお迎えに行くという計画だ。Kさんは案の定げっそりと痩せられて、T君の話をするたびに涙し、わたし達も慰める言葉も見つからずただただいっしょに泣くしかなかった。
 当日、ダライラマ様の弟のTCさんが我家に現れた。一言で似ている!お兄さんそっくりだ。お兄さんを一回り痩せさして穏やかにした感じ(わかるかな?)。彼は僧侶ではないので、普通の洋服を着て立っているとまるで日本人のようだ。また陽気な東洋人といった風で常に冗談を言う。「日本で一般庶民の家に泊まるのは初めてです」といわれて皆で笑った。滞在中気がついたことは、お兄さんの話を一度もしなかったこと、黄色のパスポ−トを持っていること、ダライラマの弟であることはけっこうツラいこと、タバコが好きなこと、食通であること、説教をする時に大変現実的なことしか言わないこと(これは大切なことなのでちゃんと説明しなければいけないのだが、今回は省略)などなど。
 翌日、彼はKさんと大きな笑顔とともにインドへ帰っていった。
 Kさんとの出会いに感謝、TCとの出会いに感謝。

 田舎暮らしをはじめて、自然への興味やありがたさを感じると同じくらい、人間への興味やありがたさをこれからも感じ続けて生きたい。

2005年6月10日

長柄町
あべちゃん

憧れの田舎生活(第8回) 三宅島の捨て猫をお世話している人

 我が家が、このサイトのWebマスタ−のお世話でこの千葉県長生郡に越してきてから、2年が過ぎた。短くあっという間の2年間だった。

 ところで、我が家では、このWebマスタ−を、本人の居ないところで「歌う不動産屋!」と呼んでいる。仕事も楽しそうにしていることは事実だけれど、2ケ月に1回行っているライヴハウスでの彼を見ると、彼自身、至極の幸せ!といった風な印象を聞く人に与える。恍惚状態に近いかも・・・?。ロックが好き!オリジナルの自分の歌が大好き!!そこから一直線にステ−ジの波になだれ込むといった感じだ。
 茂原近辺にお住まいの方はぜひこのWEBマスタ−のライヴをご覧下さい。バンド名は「WAZZE」(ワッゼ)といいます。
 その「WAZZE」とのご縁から、茂原だけでも8つ(多分)のライヴハウスがあることがわかった。これって人口密度の割には多すぎません?ということは、その数だけバンド、ミュ−ジシャンがいるということだ。ロック、ジャズ、ブル−ス、フォ−ク、シャンソン、カントリ−、フォルクロ−レ、ビ−トルズオンリ−、60th,70th ,なんでもいますよ―。暇な土曜日の夜、ちょっとどこかのライヴハウスのぞいてみてください。
 ここまでが前書きです、長くてすみません。
 そんな中、あるライヴにお邪魔したら、細身でロンゲの30代(中が暗いからそう見えた)の男性がステ−ジに立っていた。「皆さん、こんばんは!ドンタコスです!」とバンド名を紹介した。意味わからん名前だ!そしてオリジナルの「らくだ」(これも意味わからん)を歌った。妹さんに捧げる歌なそうだ。曲の感じを紹介するには、わたしのボキャブラリ−の不足と表現力のなさでうまく言えないのだが、とにかく、優しく静かに語りかけるその声と曲は、心臓や脳波にぴりぴりと沁みて、肩の力が抜けるような心地よさがあった。Oh,茂原にすげエ人がいた!と素直に感激した。その後、自己紹介で「ケンタロ−といいます。三宅島の捨て猫のお世話をしています」といって、2度びっくりした。な、なにイ!あの有名な三宅島の捨て猫を全部自宅に引き取ってお世話しているお方とはこの人かア!!(新聞・雑誌で読んだよ-!)
 これがケンタロ−様(突然、コロリと態度が変わります)との始めての出会いです。
 そして、行って来ました、ケンタロ−様のお宅へ、猫を拝見しに、Webマスタ−とごいっしょに。白子海岸近くの1軒家は、その猫たちの為に探しに探してやっとあった家なそうだ。家の二間は猫たちの天国で約30匹が一緒に暮らしており、別室には猫エイズ等の病気の猫たちが約5匹、みるからに弱々しげにそれぞれの小屋で横たわっていた。ケンタロ−様の奥様が糞尿のお掃除をしながら、ニコニコと、「かわいいでしょう?」と聞かれ、正直モンのわたしは返事に困った。だってそうでしょう、これだけの猫、どうするの!旅行とか行けないでしょ。エサ代とか治療費とかどうしてるの!普通人のわたしには到底真似のできないことと、エサ代等計算して(すぐには出来ない脳みそだけど)、もう頭はクラクラしてしまった。
猫もいろいろで、人間が来るとすぐ擦り寄ってくる猫と、フンとな―んの興味も示さない猫と、触らせることもしない猫と・・・。しかし、どれも皆かわいい、確かに一匹一匹がとてもかわいい。「君達、本当に運がヨカッタね。噴火した孤島で野垂れ死にせずにすんで・・・」頭を撫でながら、変わってしまった猫たちの故郷を想い、ずっ―んと重く熱いものを感じた。
 さて、我らのWebマスタ−はその中から気品に満ちたご面相の猫1匹と、外にいた3匹の犬のうちの1匹を引き取って帰宅し、猫は「ハル」(武田春之介)、犬は「コジロ−」(武田小次郎)と名づけて、それはそれは幸せに暮らしておるそうな。まずはめでたし、めでたしでした。
 それにしてもケンタロ−様、そして奥様、あなた方がなさっていることは、大きな勇気と行動力と愛情を世界中のすべての動物達に注いでいることと同じだと感じました。自分の小ささを恥じる前に、一歩踏み出してみようか・・・という勇気を頂いたような気がします。
本当にありがとうございました。
2004年6月4日
長柄町
あべちゃん

追伸:尚、ケンタロ−様のところでは、随時猫の里親を探しております。

憧れの田舎生活(第7回) 此処は、童話の舞台だった!

 「追伸:ところでアベさんの住んでいるところは土気駅の近くなそうですが、わたしはこの名前を聞いただけでワクワクします。“オレンジ党と黒い釜”という童話をご存知ですが?わたしの大好きな童話のひとつで、小学校の頃夢中になって読みました。その童話の設定が土気、誉田あたりらしいのです」
 こんなMailを仕事先のまだお会いしたことない山本さんという女性から頂いたときは、もう腰が抜けるほどビックリした(なんと古い表現)! なにイ!?とばかりに仕事の話もそっちのけで彼女にMailで質問攻めにした。
 彼女の説明によると、天沢退二郎(あまざわたいじろう)という作家(彼は本来フランス文学の教授、また宮沢賢治の研究でも有名)の童話で、「オレンジ党と黒い釜」を含め3部作からなっているとのこと。本の見返し部分に説明も含め、土気、誉田の手書き地図が載っていたはずだ、というのだ。
 わたしの住んでいる長柄町はもうホントになーんもない所で、こんな素晴らしい土地をどうして宣伝しないのだろう・・・くらいにしか思っていなかったので、童話の舞台、それも21年前この土地が登場したこと、またこの作家が取り上げたことは、まさに腰が抜けるほどビックリする事態なのだ!
 まず茂原図書館に走った!それを手にとって読んでみねば・・・。案の定それはなく、国立図書館から取り寄せるとのことだった。
 インタ−ネントで調べてみた。ありました、ありました、「オレンジ党と黒い釜ー復刊投票!」のペ−ジが。沢山の方々のコメントで、皆、口々に「子供頃何度も読みました。ぜひ自分の子供にも読ませたいので復刊を強く希望します」「天沢ワ−ルドの集大成。その昔の日本版ハリ−ポッタ−!」などと投書している。
 2週間後、わたしの手元にその「オレンジ党と黒い釜」が来た。表紙も擦り切れて何度も修理した跡があり、ペ−ジの隅が黄色に変色しているのもなかなかいい。いっきに読んでまたまた驚いた。内容はお父さん(何故かお母さんが出てこない)と土気あたりに引っ越してきたルミという女子が庭石の下の穴でうごめく影を見つけ、それが悪魔との戦いのはじまりで、友人達とやっつけるという冒険物語なのだ。発刊が1983年なので、その頃このあたりは山と野原と畑ばかりだったに違いない。その中を子供達は駆け巡り(しかも冷静に)相手のわからない悪魔と戦い続けるのだ。読み終わって「こ、こりゃ、すげえ童話だ!」と思わずつぶやいた。ダ−クファンタジ−とでもいうのだろうか。読後感がすっきりしないところも不思議だ、多少疲労感が残る(?)童話なのだ。
 さて、これは3部作になっており、このほかに第2部「摩の沼」、第3部「オレンジ党、海へ」と続く。当然2部、3部を図書館で借りた(これもまた中央図書館から)。
 山本さんがいっていたこの辺りの地図は、第3部の見返しに載っていた。外房線の駅名と、土気駅から土気小学校・近隣の森や山や川の名前まで、手書き風に少し名称を変えて簡単に書かれている。「大網」は「おおなみ」といった風に。うーん、これは確かにこのあたりだ・・・!しかし、作家の天沢氏は、今の土気をご存知なのだろうか。あの整備された街並みやチバリ−ヒルスをご覧になっているのだろうか?
 それにしても・・・と改めて思う。このあたりの土地が登場する童話に会えたことは、ゾクゾクする快感だ。どうしてだろう・・・。多分わたしがこの土地を気にいっていて、それを認めた作家がこの世に存在するという事実だと思う。
 まだお会いしたことのない山本さんとは、これがご縁でお友達になることが出来た。とても控え目で賢くて明るい女性だと思う。
 その山本さんが明日ここへやってくる!ふたりで「オレンジ党と黒い海」の探検ドライヴをする予定だ。ヤッホ−!!

*参考文献:筑摩書房「オレンジ党と黒い釜」「魔の海」「オレンジ党、海へ」

(2004年3月発表)

憧れの田舎生活(第6回) 田舎に住むということは・・・

 わたしのつたない文章「憧れの田舎生活!」も好評(?)とばかりいい気になって、1年間も書かせていただきました。お読み頂きありがとうございます。きょうは、最終回ということで、この1年間に感じた事をまとめてみました。

■田舎に住むということは…

 ボケが来るのが早いかもしれない。東京生活と比べて、まず会う人の数が絶対的に少ない。また、東京の街や電車での人込み、それに伴う緊張感、これから全く開放されるということは、毎日の生活の中で、いかにこ大きな違いがあるかということだ。昨日は買い物に出る必要もなく、3人の人しか会わなかった。オット、宅配のお兄さん、それに隣りの原田さんに庭先で「おはよう!」といっただけだ。最近時々言葉が出てこなくて、ボケが始まったかと、内心困っている。それでも、東京に出ると、一刻も早く家に帰りたくなる。

■田舎に住むということは…

 頭のモードを切り替えないと、ストレスが溜まるかもしれない。それは、郵便局、役場、保健所、それから医者といったたぐいの職業の人達に「サーヴィス」という認識が少ないことだ。何か質問すればわからないし、また人によって違った答えが堂々と返ってくる。あげくに「さっきの用紙は間違っていましたので、ハンコを持ってもう一度来てください」などとふんぞり返った口調で電話がくる。公の機関の人達に対して、(あなた方は税金で働いているプロでしょ)と内心思いながら話している者にとっては、こちらが切り替えないと不愉快さだけが残る。あー、世田谷区役所、品川郵便局がなつかしい…。

■田舎に住むということは…

 地元の人となにがなんでも仲良くしなければと、気負わない方がいい。このあたりの自治会は16世帯いるが(年会費、一万円)、地元の人と他所から来た人、約半々で構成されている。自治会に入らないとゴミは捨てれないし、会報も届きません、と最初はっきり告けられてびっくりした。就農する方は別にして、地元人とよそモンの間ははっきり分かれていて、それぞれが楽しくやっているように見える。ヨソもんが張り切って消防団に入団したり、自治会の役員をしたりすると、そのギャップに驚くらしい。地元の方は大先輩と思ってお付き合いさせていただくと、皆無口だけどいい人達ばかりだ。

■田舎に住むということは…

 生活費がグンと安く、貧乏でも何とか生きていけるような気がする。人それぞれのお金をかけるプライオリティの違いはあると思うけど、東京のように出かける時にサイフを持たなければ用が足せないということがない。美味しく安い野菜やお米を食べて、四季折々の花を摘んで生け、近くの海や温泉に出かけ、仲間とパーティと称してバーベキューをし、雨や雪の日は、家で読書やヴィデオで時間を費やす。お金のかからない娯楽がここでは楽しめる。

■田舎に住むということは…

 何故か元気だ!例えば、風邪をひく気がしない。春先の花粉アレルギーも、このあたりは、黄色い風が吹くといわれるほど杉の木だらけだが、昨年よりずーっと楽だ。多分空気と水の違いだとわたしは思っている。

■田舎に住むということは…

 自然の恩恵と厳しさを体感することだ。ここ長柄町は、「自然の通り道」といわれ、この1年間に台風、地震、大雨、落雷、大雪と経験し、その都度、停電24時間、倒木の為に道路遮断、JR外房線ストップとなる。(それでも何となくウキウキとろうそくの灯りで夕食を楽しむのはわたしが脳天気なせいだろうか)。その反面、素晴らしいこともいっぱいある。散歩の途中でウサギや梟、雉に出くわしたり、季節毎の花や木の香りを楽しみ、庭に来る鳥の泣き声で目覚め、餌付けをしたり、毎日野菜や花の成長を見守る。また、夜は、お風呂上りに庭に出て、風のやさしさを肌で感じながら、満天の星を見上げ、その間を飛ぶ夜間飛行機のお腹のライトを見送って「あの飛行機は何処へ行くんだろう?」とたわいもないことを一生懸命考える。こんなことが「幸せ!」と思える人に、田舎生活はぜひお勧めしたい。それも足腰がたつ少しでも元気なうちがいいと思う。

(2003年7月発表)

憧れの田舎生活(第5回) ある朝、庭先に捨て犬がいた!

 昨年5月、千葉県長柄町引つ越して一ケ月が過ぎた頃、東京から息子達が来ると「やはりこの家には犬が必要ですね」と無責任なことをいう。友人も「犬を飼うのに絶好の場所ですね」などと愛想とも本音ともつかないことを言う。まわりを見ると、さすが田舎生活!一軒に一匹といった感じで犬が飼われている。毎朝、我が家の前の道は、様々な犬の散歩道となって皆が挨拶をしていく。犬大好き我が家も、そろそろ犬を飼う時期に来ているのかもしれない。その夜、家族で話し合い「ブリーダーから買うことは止めよう。縁があったらぜひ飼ってみよう」ということになった。
 そんな日の次の朝、興奮したオットの声が外から聞こえた。「おい、来て見ろ!来て見ろ!」。出て見ると、幼犬と見られる薄茶の犬がしっぽを振って座っている。よく見ると首輪はないがその跡があり、多少汚れていてダニもついている。雑種のメスのようだ。なかなか可愛い。
 昨日の今日のことなので、何かの縁かもしれない!と信じ、とりあえず家に置くことにした。それからは、近所中に「捨て犬預かっています。連絡ください」の張り紙を出し、獣医さんに連れて行った。「生後4ケ月くらいでしょう」という。その後、警察にも届けた。犬は落し物と同じ扱いで、落とし主が現れなければ6ケ月と2週間後に自分の物となる。違う点は、その「預り証」には「落とし主が現れた時は、かかった諸経費は請求できる」と明記されていることだ。その新参者を「LUCKY」と名づけて、その日から彼女は我が家の居候となった。
 さて、我が家は以前犬を飼った経験はあるのだが、オスの経験しかなかった(娘もいない…)。9月に入ってLUCKYに初めての生理が来た時は、夫婦でオタオタしてしまった。それよりも驚いたのは、何処からともなく放し飼いのオス犬が何匹もLUCKYに近づいて来た事だ。あわてた!オットは娘を守る父親の如く、棒を持って「シッ、シッ」と近づくオス犬を追い払う。自称犬博士の中学時代からの友人と、いつもはすごくいい人なのに、犬のことになると人格が変わる姉に、相談をした。ニ人の知識をまとめると、犬のいわゆる「さかり」は年に2回あり、メス犬の場合、生理の血の匂いは半径2kmまでそのフェロモンが漂いオス犬を誘うそうな。妊娠しやすいのは、その血が後半に少し黒みがかったころなそうだ。また、母犬が幼いうちに妊娠すると、母性本能がなく子犬が生まれても乳をあげる作業ができず子犬を死なせてしまうケースが多いそうだ。なるほど、人間だと中学生の女の子が妊娠するようなもんだ‥とオットは、益々深刻になって、夜は家の中に入れたり、オス犬を追い払うのに必死だ。わたしはわたしで、無責任なオス犬の飼い主に腹を立てた。「ちゃんと鎖でつないでいて!」
 獣医さんは、「生理が終わったあと、2週間くらいたったら来てください。避妊手術をしましょう。」とクールにおっしゃる。10月、LUCKYは2泊3日で入院し、避妊手術を受けて無事戻ってきた。
 そして、6ケ月と2週間がたった今年の1月1日、LUCKYは晴れて我が家の家族となった。それにしても、LUCKYは来た時から車に乗るのが大好きで、また白い車を見ると追いかけて、子供に敵意をむき出しにする。どんな家族に捨てられたんだろう?わたしは時々「LUCKY、君は何処から来たの?なんていう名前だったの?」と話しかける。LUCKYは首をかしげてじーっと見つめてから「クン」と鼻を鳴らす。やはり神様からのプレゼントに違いない。LUCKY、ここに来てくれてホントありがとう!

(2003年5月発表)

憧れの田舎生活(第4回) よそモン交流会

 憧れの田舎暮らしの住み家は、インターネットで調べた。不動産の情報は、それはそれは膨大な量があると思うけれど、わたしの場合はいとも簡単「田舎暮らし」で検索した。これもまた多種多様で、ぞろぞろとでてくる。そんな中、茂原市にあるG不動産会社のHPは、とても判り易かった。近所の風景・家屋内部の写真、それに見取り図、お値段とすべて載っている。見学するのに、いちいち不動産やさんの手を煩わせなくとも、大体の様子がわかるというもんだ。(勝手に相手の家を訪ねては行けません、と注意書きもしっかりある)。担当のTさんは、まめにMAILで返事を下さり、遂に「一宮駅」(あんまり小さい駅でぴっくりした)で初ご対面となった。ラフなサマーセーターで現れたTさんは、40代と思われ、不動産やさんとはかけはなれた風貌で、要するに大変感じがヨカッタのであります。よくよく話してみると、(彼の半生は後ほど)いわゆる父親の不動産業を縫いだ2代目であった。趣味は、レッド・チェッペリンを愛し、自分のロックバンドのボーカルを担当しているという。その後は、おかげさまで、トントン拍子に気に入った家が見つかった。前置きが長くてゴメンナサイ。
 ここからが本題。移り住んでしばらくして、そのTさんの提案で、我々のように都心から長柄町界隈に移り住んできた人達は、情報も知人もないので、皆で集まり、情報交換も含めて知り合いになりませんか?というものだった。そういわれると、ほんとうにそうなのだ。引っ越すということは、楽しみ10倍の変わりに、今まで持っていた生活情報がゼロになってしまうということだ。歯医者に行きたくとも、どこがいいかわからないし、病院、獣医、美容院、クリーニング、レストランなど、お勧め、情報を聞く人さえいないのだ。「そりゃ、いい考え!」と、すぐに同意して、Tさんは皆に声を掛け、急な計画だったにも係らず、10月某日、16人が集まった(初回はあペさんち)。Tさんの呼びかけMAILには「一家族、手料理一品、飲み物一本持参のこと、そして開催場所は持ち回りにしませんか?」とある。そして「よそモン交流会」と名づけた。その日集まったメンバーを紹介したい。岡山の備前焼で修行を積み、両親と住むということで、窯が置ける土地を探して長柄町の「気」が気に入ったという若い陶芸家のYさんとその婚約者。澄んだ目とお坊さんのような風貌が印象的。東京に通勤しながら畑仕事や土いじりがしたかっいう若いご夫婦のAさん。海に歩いて行ける家を探して移り住んだこ夫婦Mさん。古民家の材木を扱うことを趣味として、材木置き場をここに持ってきたSご夫婦。未亡人で子供の手が離れたので、これからは一人で好きな事をしたい、と可愛いログハウスに住むOさん、近々浦安から越してくると言うカナダ人の奥様とそのお嬢さん(ご主人は仕事で欠席)。皆、お酒、大好き、おしゃべり大好き、歌大好きという面々だ。Mさんは、田舎暮らしを嫌がる奥様を説得する為に土曜日夕方6時放映のテレビ「人生の楽園」を見せ続けたという。1800坪の山を買ったYさんは、草刈、伐根、伐採を自分の手でやってみたいと誇らしげだ。話は盛り上り、12月のクリスマス会はSさん宅、4月の花見は、家の前に池と桜の木があるAさん宅、8月茂原の花火見物は、穴場を知っているというMさん宅でバーベキュー、と決まった。その後は、Tさんとそのバンドのライヴショウ。心に染みるオリジナルな歌の数々。楽しい、なんでこんなに楽しいんだ…。
 この会を提案したTさんは、当初、「この会に集まる人達は相当変人ばかりですよ。だから楽しいと思うんです」とにこにこしながらいっていた。そうかなあ、わたし思うけど、やはりTさん、あなたが一番変人です。若い時に放浪を続けて、国鉄の廃線を回って、日本の孤島という孤島を回って、仙人のような生活をして、鹿児島の桜島噴火を目の前で見て、「俺の住む所はここだ!」と決めて、あけくに親に呼ばれて、楽しそうに今不動産やさんをしているTさん。わたしから見たら貴方は、相当変人で、貴方からだけは、変人とは呼ばれたくないです。

(2003年1月発表)

憧れの田舎生活(第3回) オンブズマンがやってきた!

 今年5月に、弾みと勢いだけで、東京世田谷から千葉長生郡へ引越しをし、「憧れの田舎生活」が始まった。今のところ、悠々とその環境を楽しんでいる。しかし、今年の夏はここも暑かった。やはり昼間クーラーは必要だった。だが、夜は庭に寝そべってビール片手に夜風に身を任せながら、流れ星を見つける生活は、やはり最高の贅沢だ。心から、神様とダンナ様に感謝をしている。
 さて、引っ越してまもなく、近所の方から8月に長柄町の町長選挙があることを聞かされた。現役の町長さんが退く為、現町議会議員のA氏と外部からのB氏が立候補するということだ。地方紙におニ人の紹介等が載り始めた頃から、この辺りも多少にぎやかになってきた。初めての方々が入れ替わり立ち代り我が家に来ては、それぞれの候補を売り込んで行く。我が家はヨソもんながら、貴重な2票があるというわけだ。中には前回の選挙のいきさつ等、なにやら生臭い話も聞かされて、それでなくとも興味津々の我が家にとっては、否が応でも関心を持たされる話題となった。
 そんなある日、ご近所の知り合いといっしょに一人の男性が我が家にやってきた。名刺には、「千葉県市民オンブスマン連絡会会員」となっている。お−っ!よく話に聞くあのオンブズマンがここにいらっしゃる!少し興奮した!オンブスマンとは、スウェーデンで始まり、国から独立して行政活動を調査し、国民からの苦情を処理する機関、となっているようだが、日本では広範囲に亘った様々な活動機関として知られている。名刺の男性は大変物静かに「今回の長柄町の町長選挙で、ぜひ公開討論会を実現させたいと思い、ご理解を頂きたく、このあたりをお邪魔しております」と説明した。A氏とB氏の公開討論会を実現させようというものだ。わたしには、もちろん立候補者に馴染みがないので、できればどんなお顔で、どんな声で、そしてどんな考えをお持らなのか、ぜひ伺ってみたいと素直に思った。A氏が公開討論会を拒んでいるようである。そこで署名運動をして、皆で公開討論会を実現させようというものだ。この際、オンブスマンの絶対の条件は、中立の立場を取るということにある。小さい町ながら、このような活動を地道にやっている方がいるだけで、もう感激だ。東京では決して触れることの出来ない経験だ。結論を先に言うと、この地道な努力にも拘らず、この「公開討論会」は実現されなかった。A氏がどうしても首を縦に振らなかった為である。この運動に対して同意する義務はないというのであるが・・・。
 さて、選挙運動は5日間あり、この期間、狭い町を候補者が車を連ねて名前を連呼する様は圧巻だった。選挙演説は、たんぽの端でスピ−カ−を最大限にして行われる。聴衆はゼロ。皆、家の中で聞いているらしい。一度、聴衆わたしひとりの時があったが、運動員全員に握手を求められて困惑した。びっくりした。
 選挙当日、(長柄町は約8500人の住民がいるが、毎回約90%の投票率をほこっているらしい)驚いたのは、朝9時くらいから2時間おきに町内放送で投票所4ケ所の投票率が報告されることだ。「こちらは長柄町選挙管理委員会です」と始まり「長柄町第一投票所12時現在43%、第2投票所・・・」といった具合だ。そして最後に「皆さん、投票は必ずしましょう」と、とんでもないコメントが付く。
 次の日の朝刊にA氏が58票差で当選したことが伝えられた。今後の長柄町の焦点は、ダムのそばにつり橋を作るかどうかが焦点となる。まだまだ目が離せない。

(2002年11月発表)

憧れの田舎生活(第2回) 「憧れの田舎生活!」2ケ月が過ぎた・・・

 WOW、WOW!!前号で田舎暮らしをはじめたいきさつを書かせて頂いたら、思いもかけず11通もの反響をいただいてしまった。これって「JOIA NEWS」ではすごいことだ!面識の無い会員さんから「自分も田舎暮らしをしたいので情報教えて!」といわれて狼狽している。(WEBマスター註:「JOIA NEWS」とは掲載誌のこと)
 ある新聞記者の方には「安部さんの記事は日経新聞に載っている飯島直子のセミヌード写真みたいなもので、かたい記事の中でポッとなごませる部分じゃないですか、いいバランスですよ」といわれて、誉められたのかどうかわからないけど、飯島直子はいい、と妙に納得している。しかし、これを読んでくださるJOIA会員の方の中には田舎暮らしのベテラン先輩が沢山いらっしゃるわけだから、勢いだけで引っ越した感のある自分はあまり得意げな報告もはばかられる。特に、自然の素晴らしさや毎朝鶯の鳴き声で「うるせいなア」と起きることや、玄関前に置いてある近所の方のお野菜などという話はもう聞き飽きていると思うので、きょうは僭越ながら2、3感じたことを書かせていただく。

■「遠距離通勤」は近い、でも高い!

 最寄駅「土気」まで車で15分、そこから外房線で蘇我に出て京葉線で東京駅、京浜東北線で大井町という朝の通勤は普通2時間はかかる。ところが蘇我から特急に飛び乗ると30分で東京駅に着いてしまうことを発見!年寄りにはたまらない便利さだ。でもプラス¥500を支払わなければならない。トホホ…。毎日弁当持参で節約しながら、この特急通勤を楽しんでいる。毎朝、左手に海、デイズニーリゾートを眺めながら、また天気のいい日には富士山も見ることができる。遠距離通勤も悪くない。

■田舎の散歩は命がけ!

 まいった!ここに越してから体脂肪が元に戻ってしまった。完全に運動不足。体が重い、ホント重い。なんせ何処に行くにも車になり全然歩かないからだ。歩くといえば東京駅の京葉線から京浜東北線の距離10分だけという毎日になってしまった。以前は夜よくジョギングをしていたのに。生活にも慣れたので夜の散歩を決行。といっても周りは真っ暗なので懐中電灯持参でエッサエッサと歩く。真っ暗闇の中でおばけも強盗も怖くない、「さあ、出てこい!」精神だ。ただひとつ怖いといえばクルマ。家の周辺を一周するのに一辺だけ車道がある。そこは一車線なのに車は60km/hくらいでぴゅんぴゅん飛ばしているのだ。歩道もなく車が通るたびに懐中電灯で知らせなければいけない状態なのだ。命がけの散歩。あまりの恐さに一日で断念してしまった。それを友人にいうと、「家の田舎で年寄りが夜散歩する時は、胸に反射板のタスキをかけるの。」といって早速それを送ってくれた。今はそれを胸のかけながらエッサエッサと運動不足を解消している。しかし、今心配なのは、わたしの姿を見た運転手さんが恐怖のあまり事故を起こさないかということだ…。

■ヴィデオ感覚で映画を観る!

 映画大好き人間にとってここは天国です。以前は、渋谷や銀座に映画を観にいく時はちゃんと計画して前売り買って、という状態だった。今はもうウッシシ状態!。ここからクルマで15分の茂原市に、シネマシアターがあり、常時8本位の映画を上映している。
 毎日最終回は¥1,000なのだ。夕食が終わってから「おっ、映画行こうか」ってなもんで、映画が楽しめるのです。駐車場はタタだし、終了後は電車のラッシュもなく、映画の余韻を残して寝れるという、映画ファンにとっては絶好の場所です。

追伸:もうすぐ長柄町では町長選挙がある。田舎の選挙はチトおもしろそー。興味津々!

(2002年9月発表)

憧れの田舎生活(第1回) 「憧れの田舎生活の実現!」だがその前に・・・

 いつ頃からか漠然と、定年過ぎて子供に手やお金がかからなくなったら、田舎で暮らしたい!と夫婦で話し合っていた。
 オットは東京生まれの東京育ちという自称シティボーイで、少年時代の話といえば学校を抜け出して小林旭の日活映画(これがわからない人はとばして読んでください)を見に行ったというような、泥んこ遊びとは全く無縁の人種である。そういうわたしも福島育ちといいながら自営業の父を持ち土に触れる機会はなかった。
 それがとうしたわけか、将来は東京を離れ緑に囲まれ風の匂いを感じ、できれば少しでも土いじりができれば、と願うようになった。それも暖かくて東京に近いところ、千葉!と話は早い。(オット曰く、伊豆方面は高速が複雑でそして高い)
 そんなわけで、インターネットで探した場所は千葉県長生郡長柄町という場所。近くには日本エアロビクスセンター、秋元牧場、長柄ダム、それに(あまり興味がないけど)数え切れないほどのゴルフ揚。その上JRの駅も無ければ国道も走っていない、ADSLも通じない、あのパフルの最盛期にチバリ−ヒルズで有名になった土気駅までは車で15分。でも、空気のおいしさや木々のささやきを肌で感じることのできるところ。そんな場所にその物件はあった。二人で住むには十分な大きさのフィンランド式ログハウス。約200坪の庭には売主さんの趣味のよさを漂わせる沢山のハーヴ畑と花々。「これだ!」と二人で叫んで話を進めてもらうことにした。その日は中を見ることができず、また日を改めてということになった。
 ここからがきょういいたいことの本題!日を改めて、中を見せてもらう為ウキウキウクワクで伺うと、大きなダイニンクテーブルの前にニ人の男性が座っていた。(その日売主さんは留守とのこと)一人は地元の自治会長、40代の温厚そうな男性。もう一人は売主さんから頼まれた後見人と自己紹介をした、骨格のしっかりした70代の男性。早く中を見たくてウズウズしている私達に向かって自治会長はもの静かに「ま、おかけください」といい、「安部さんご夫婦は、ここに住むにあたり、どのような目的で住まれますか?また、この土地にどのような貢献をしていただけますか?」と、のたもうた!ギャー、これは面接だ!私達はテストされているんだ!誰でも彼でもお金でポンと買えないんだ!鈍いわたしにもすぐわかった。その後のことはなんて話したかよく覚えていない。オットもわたしも冷や汗いっぱいかきながら、それでも見栄やウソついても仕方がないのでそのままの気持ちを伝えたように思う。自治会長は相変わらず物静かに長柄町の現状を説明し、また「売主様はこの家には大変愛情を持っており、ただこ主人が亡くなってここを離れることになりました。ですから誰でもお金を出せばいいというのでは困るわけです。また、このあたりは別荘族が最近多くなり16世帯の自治会も他所からの方が過半数を超えましたが、地元には地元のカラーがありますからそれを乱す方では困るのです。そういった意味できょうは私達がお会いさせていただきました。」と付け加えた。その後は中もしっかり見せて頂き、自治会長の運転で近辺の案内もして頂き、やはりここがいい、と確信を持った。
 皆さん、田舎暮らしを希望する場合、その土地の条件がどんなに気に入っても、そこに住む方々の面接!という難関を突破しなければ住むことはできないということを知ってました?(ここだけが特別かもしれない・・・。)
 でも、この経験があって、私達の土地への認識と愛情の持ち方が深くなったことは確かだ。
 一ヵ月後、私達夫婦は定年を待たず住民票を長柄町に移した。

WEBマスター註:
いや、もちろんここだけですよ、あべちゃん!
皆さん、他では面接なんてありませんから・・・ご安心を(笑)

(2002年7月発表)

 
 
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